部屋の雰囲気を変えたい。そう思う日があります。
でも、ソファを買い替えるほどではない。カーテンもまだ使える。ラグだって別に嫌いじゃない。家具を動かすのも、正直ちょっと面倒です。
それでも、
そんなとき。私は雑貨をひとつだけ変えてみます。クッション。花瓶。トレー。小さな時計。それくらい。
部屋の面積は一ミリも変わりません。でも、案外ちゃんと気分は変わります。
クッションひとつで、ソファまで新しく見える
いちばん分かりやすいのはクッションです。ソファそのものは同じ。昨日も座りました。今日も座ります。
でもクッションカバーを一枚変える。ベージュからブルー。無地から小さな柄。すると、「あれ、ちょっといい」となります。
ソファは何もしていません。ただ横にいるクッションが変わっただけです。
季節と全然合っていなかったことに、急に気づく
春なのに、冬からずっと同じ濃いブラウンのクッション。別に悪くありません。でも淡い色へ変えてみる。すると、「そうか、もう春だった」と思います。
反対に秋。夏の間ずっと置いていた涼しそうなブルーを、少し深い色へ。それだけで、部屋まで季節が一歩進んだように見えます。
衣替えほど大変ではないけれど、
花瓶を変えると、同じ花まで違って見える
花瓶もかなり優秀です。透明なガラス。白い陶器。少し青いもの。丸いもの。細長いもの。同じ花を入れても、かなり雰囲気が変わります。
透明な花瓶なら軽い感じ。陶器なら少し落ち着く。小さな一輪挿しなら、花一輪でもちゃんと飾った感じになります。
そして危険なのが、
雑貨が次の雑貨……ではなく、次の植物を呼びます。
棚の上を一個変えるだけでも、結構目に入る
棚の上。毎日見ています。でも慣れすぎて、あまり見ていません。
そこに置いてある時計を変える。小さなオブジェを置く。トレーを一枚足す。すると急に、その棚が目に入ります。「あ、ここ好きかも」となる。
不思議です。棚そのものは何年も前から同じなのに。
雑貨を動かすだけでもいい
新しく買わなくてもできます。リビングの花瓶を玄関へ。寝室の時計をデスクへ。キッチンで使っていた小皿を、アクセサリートレーに。
これだけでもかなり違います。長く同じ場所にあると、その雑貨のことを見なくなります。でも場所を変えると、「やっぱりこれかわいいな」と久しぶりに思う。
トレー一枚で、散らかり方まで変わる
玄関。鍵。イヤホン。腕時計。何となく置いてあります。そこへトレーを一枚。全部乗せます。
すると、同じものが同じ数あるのに、少し整って見えます。便利です。何も片付けていないのに。いや、一応まとめています。
色が一個増えるだけで、部屋に焦点ができる
白。ベージュ。木。グレー。家の中は気づくと似た色が増えます。落ち着きます。合わせやすい。
でも、ときどき、ブルーの花瓶を一個。黄色い時計を一個。ピンクのクッションを一個。入れてみる。すると、そこだけ目に入ります。
家具全部で挑戦するのは勇気がいる色でも、雑貨なら気軽です。
小さいものなら、失敗しても場所を変えられる
これも雑貨のいいところ。買ってみた。置いてみた。なんか違う。あります。
でも花瓶なら移動できます。クッションなら寝室へ。トレーなら洗面所へ。時計も別の棚へ。家具ほど大事件にはなりません。だから少し冒険できる。
同じ部屋なのに、朝ちょっと新鮮
前の日に雑貨を一個変えます。翌朝。部屋へ入る。目に入る。「あ、そうだった」新しいクッション。移動した花瓶。昨日置いたトレー。ほんの少し嬉しい。
この感じ、大きな模様替えの翌日にもあります。でも、クッション一個でもちゃんとあります。規模は小さいです。喜びも少し小さい。でも十分です。
好きな場所は、一度作ったら完成ではない
部屋づくりって、完成させるものだと思っていたことがあります。家具を揃える。収納を決める。雑貨を置く。完成。
でも実際には、季節が変わる。好みも変わる。生活も変わる。昨日好きだった配置が、今日はちょっと違うこともあります。
だから、
大改造しない模様替えも、ちゃんと模様替え
模様替え。と言うと、家具を動かして、ラグを替えて、棚の位置まで変えるイメージがあります。そこまでしなくていいです。
今日はクッション一個。来週は花瓶を移動。その次はトレー。気が向いたら時計。それでも部屋の景色は少しずつ変わります。
むしろ私は、
雑貨ひとつ分くらいの変化が、ちょうどいい日もある
毎日、大きく生活を変えたいわけではありません。今日は普通でいい。でも、ほんの少し新鮮だとうれしい。そんな日があります。
クッションを一個。花瓶を一個。マグを一個。時計を一個。目に入るものを少し変える。それだけ。
同じソファ。同じ棚。同じ部屋。でも、
と思える。雑貨ひとつで起きる変化って、たぶんそのくらいです。でも暮らしの中では、そのくらいが結構ちょうどいい。
