雑貨を見ているとき、基本的には自分のために見ています。このマグ、かわいい。このトレー、うちに置きたい。このクッションもいい。かなり自分中心です。それでいいんです。買い物なので。

でも、ときどき。商品を見た瞬間、

「あ、これあの人にあげたい」

と思うことがあります。まだ誕生日でもない。プレゼントを探していたわけでもない。なのに、急に誰かの顔が浮かぶ。私はあの瞬間が、結構好きです。

「欲しい」より先に、顔が浮かぶ

たとえば、小さな黄色い花瓶。自分の部屋には、たぶん置きません。でも見た瞬間、友人の家を思い出す。あの白い棚に置いたら、絶対かわいい。とか。

ちょっと変な形のキーホルダーを見て、「あの人こういうの好きそう」とか。コーヒー好きの家族なら、マグを見るだけで顔が浮かびます。

面白いのは、

自分が欲しいものより、決断が早いこと。

自分用なら、白かな。ベージュかな。置く場所あるかな。と延々考えるのに、人のものだと、「これはあの人」と急に分かる。

その人の“好き”を、意外と覚えている

友人の好きなものを、全部説明しろと言われたら難しいです。好きな色は?たぶん青。インテリアの系統は?うーん。ナチュラル……なのかな。かなり曖昧です。

でも雑貨を見ていると、急に分かります。これは違う。これは好きそう。こっちは絶対使わない。これは喜びそう。

言葉では説明できないのに、雑貨を前にすると判断できる。

人の好みって、そんなふうに覚えているのかもしれません。

プレゼントを探しているときより、見つかる

不思議なのが、「プレゼントを買おう」と決めてショップを見ると、なかなか見つからないこと。

何がいいかな。使うかな。もう持ってるかな。重くないかな。高すぎないかな。急に難しくなります。

でも、何も探していないときには出てくる。マグを見ていただけなのに、「あ、これ誕生日にいいかも」となる。

プレゼントって、探すものというより、見つけておくものなのかもしれません。

お気に入りリストに、人のものが混ざり始める

そこで、とりあえずお気に入りへ入れます。自分用。自分用。自分用。友人用候補。また自分用。母にいいかも。そんな感じで、だんだん混ざります。

数カ月後に一覧を見ると、「これ誰にあげようと思ってたんだっけ」というものもあります。これは少し困ります。

でも思い出すと、「ああ、そうそう」となる。

お気に入りリストの中に、小さな“誰かを思い出した記録”が残っている。

ちょっといいですよね。

高いものじゃなくていい

「誰かにあげたい」と思う雑貨って、必ずしも立派なものではありません。500円くらいの小さな皿。かわいいふきん。変な形のクリップ。好きそうな色のペン。ちょっといいハンドタオル。

むしろ、

「これくらいなら気軽に渡せそう」

というもののほうが、顔が浮かびやすかったりします。

誕生日だから。記念日だから。ではなく、「これ見つけて、好きそうだと思って」で渡せるもの。私はそういう雑貨が好きです。

“自分では買わないけど、もらったらうれしい”が強い

プレゼント向きだなと思う雑貨には、少し共通点があります。なくても困らない。でも、あるとうれしい。

自分で買うなら、「今はいらないかな」と後回しにしそう。でももらったら、「わ、かわいい」となるもの。

小さな花瓶。いつもより少しいいマグ。きれいな色のトレー。変わった形の小物入れ。

必要ではないけれど、生活に一個増えると楽しい。

雑貨って、そういうものが多いからプレゼントと相性がいいのかもしれません。

相手の家に置かれたところまで想像する

「これ、あげたい」と思うと、そのあとの想像も始まります。あの人ならキッチンで使うかな。デスクに置くかな。玄関かもしれない。この色なら家に合いそう。

そして、だんだん勝手に相手の家を模様替えしています。本人は何も知りません。かなり余計なお世話です。でも楽しい。

雑貨を贈るって、ものだけでなく、その人の暮らしの小さな景色を想像することでもあるんですね。

「自分だったら」ではなく、「あの人だったら」を考える

自分用の買い物では、当然、自分の好みが基準です。私はこっち。この色が好き。この形がいい。

でも誰かに渡すものとなると、一度それを横へ置きます。私は白が好きだけど、あの人なら黄色。私はシンプルなものが好きだけど、あの人なら柄があるほう。私は小さいマグだけど、あの人はたっぷり飲むから大きいもの。

一瞬だけ、他人の好みでWEBショップを見る。

これが結構おもしろいです。普段なら素通りする商品が、急に魅力的に見えます。

渡したあと、使っているのを見るとうれしい

そして一番うれしいのは、しばらくして相手の家へ行ったとき。あげたものがある。棚に。キッチンに。普通に使われています。

特に何も言わなくても、それを見るだけでちょっとうれしい。「あ、使ってる」と心の中で思います。

逆に、全然見当たらないときもあります。まあ。収納されているのでしょう。きっと。そういうことにしておきます。

その人の顔が浮かんだ時点で、もう少しうれしい

結局、買わないこともあります。すでに似たものを持っていそう。渡す機会がなさそう。サイズがちょっと大きい。お気に入りに入れたまま終わる。

でも、それでもいい気がします。WEBショップで偶然ひとつの雑貨を見て、誰かを思い出す。「これ好きそう」と思う。その時点で、

その人のことを少し考える時間ができています。

それだけでも、なんとなくうれしい。

だから、ときどき自分以外の「好き」も見つけたい

雑貨を見る時間は、基本的には自分の「好き」を探す時間です。これ欲しい。この色好き。うちに置きたい。それで十分楽しい。

でも、ときどき。自分なら選ばないものを見て、「あの人に似合う」と思う。その瞬間だけ、WEBショップの棚が少し違って見えます。

自分の家へ持って帰るものを探していたはずなのに、いつの間にか誰かの暮らしを想像している。

「これ、誰かにあげたい」と思える雑貨に出会えるのも、雑貨を見る楽しさのひとつなんだと思います。

そして次にそういうものを見つけたら。とりあえずお気に入りへ。誰用だったかだけは、今度こそ忘れないようにしたいです。